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明治・大正・昭和と繊維で栄えた一宮の近代史を象徴する建物が、尾張一宮駅周辺に数カ所残っています。この時代に建てられた建物を「近代建築」と称しています。戦災を生き抜き、戦後の経済成長でも頑なに建て替えを否定し、今に残る建物です。その内の2棟が、今でも一宮市役所として使われています。
一宮市役所本庁舎旧館(北館)と西分庁舎です。

c0204394_23591350.jpg昭和5年竣工の一宮市役所本庁舎旧館(北館)は、オープンカウンター方式を日本で初めて採用した建物であることが判明、市民に開かれた自治体を目指すが如く一宮市の近代史にとって貴重な建物です。鉄筋コンクリート構造がまだ貴重な時代、学校に採用した都市、病院に採用した都市と様々な中、一宮市は市役所に採用しました。その後戦争へと推移するにつれ鉄の使用が制限され、戦後の復興まで鉄筋コンクリート構造で作られる建物は激減します。そんな戦前の一時に鉄筋コンクリート造で建てられた市役所として、たいへん貴重な建物です。戦後の焼け野原の中に、残されるように建つ一宮市役所の屋上に昭和天皇が来訪し、当地の早期の復興を願ったとのことです。

c0204394_23561561.jpg一宮市役所西分庁舎は大正13年の竣工。設計は鈴木禎次氏。鶴舞公園の奏楽堂・噴水塔、旧名古屋銀行本店(三菱東京UFJ銀行貨幣資料館として使われていた建物)、松坂屋本店、半田の中埜半六家別邸、桑名の諸戸精分邸洋室、豊田の豊田喜一郎邸等々、名古屋を中心に活躍した鈴木禎次氏は、数多くの銀行建築も手掛け、そのひとつが旧名古屋銀行一宮支店、今の一宮市役所西分庁舎です。一階の天井は多くが隠れてしまっていますが、一部に天井や梁のデコレーションを見ることができます。

一宮市役所本庁舎旧館(北館)と西分庁舎は、繊維都市一宮の元気な頃の歴史を物語る建物です。一宮モーニングの喫茶店などと組み合わせれば、オンリーワンの一宮のまちづくりが叶う歴史遺産なのです。
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